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2010年05月06日

あれこれの謎:白鬚神社その2

あれこれの謎:白鬚神社その2

白鬚は新羅なのか

さて、シラヒゲはシラガ、そしてシラギ(シラ)なのでしょうか。

このテーマに正面から証拠を示すことは不可能です。
しかし、このブログで書き続けているように、
越地方、若狭地方と琵琶湖沿岸は、全体に朝鮮文化の色の濃い地域には違いなく、
少なくともシラヒゲのシラの部分は、やはり新羅を意味することに疑いはないと考えています。

ましてこの神社のすぐ北側、三尾の地は、新羅色の強い彦主人王(ヒコウシオウ)の勢力範囲でしたし、同じく新羅色の強い継体天皇(オホド)が生まれた場所です。
もちろんこの神社の創建がいつであったのか、それは不明ですが。
(社伝では、ヤマトヒメの創建とありますが)

さらに付け加えれば、
この神社の後背となる比良山系のヒラも、元来はシラかもしれません。
そう、白山(ハクサン、シラヤマ)のシラです。


あれこれの謎:白鬚神社その2




なぜ神社はこの地に建てられたか

その最大の理由は、前回書きました。
もう一つの理由を示しましょう。

下の地図を見てください。
赤ピンの位置がここ白鬚神社。
青いマークは、かなり適当につけた、背後の山脈のピーク。
ピンクの線は、これも適当に引いた、湖西の道なりルート。

コシの勢力、たとえばオホドは、敦賀から真南に山越えをして琵琶湖北端に到達したと思うのですが、
そのあと枚方(ひらかた)の樟葉の宮に至るまでの間で、
地形上もっとも危険なポイントは、この白鬚神社周辺しかないことに気がつきました。
山と湖水が触れ合うように迫っているから、
ここを抜ける時に待ち伏せをされると、逃げ場はありません。
要するに、ここは交通の要衝です。

北側の高島、三尾
南側の鵜川、小松あたりに、
敵対する勢力があった場合、これは致命的です。
言い換えれば、ここを押さえているということは、
湖西を押さえているといっても過言ではないでしょう。

もう一度地図をご覧下さい。
まるで松の葉のように二股に分かれた比良山系の盛り上がりの一方が、
ややカーブを描きながら琵琶湖に突如落ち込む地点。
それがここ白鬚神社です。



より大きな地図で 白髭神社と比良山系 を表示


ここには古墳群があった

これはこの神社の創建に関わる重大事になりますが、
この交通上の要地には古墳が何基も残っていました。
なんと古墳とその石棺ぐるみ、神として祀られているのです。
境内の高台にある小さな拝殿の格子をのぞくと、石棺が見えています。

あれこれの謎:白鬚神社その2



その横には磐座(いわくら)が置かれて、結界が張られています。
この岩も、あるいは古墳の玄室などに使われていた石材かもしれません。

この古墳の年代比定についての情報は得られませんでした。
ここではとりあえず、この古墳(の一つ)に眠る何者かを祀ったことが、
白鬚神社の創建に関わるかもしれない、と書くにとどめておきます。

サルタヒコと言われた実在の人物が眠っている、などという期待は押し殺しておいて。

あれこれの謎:白鬚神社その2





シラギは新羅か

意図のわからないテーマ設定でごめんなさい。
ただ私には少々気になることがあります。
何度も繰り返せば真実になるかのように、無責任に白鬚=新羅説を唱えている私ですが、
ところがこれをくつがえす伝承が各地に残っているのです。
ちょっぴりネット上で探しただけで見つかります。


埼玉県鶴ヶ島市大字脚折の白鬚神社は高句麗系の人びとの尊崇を集めていた

白髭神社 伊勢原市日向1670も高句麗系/西南向き

静岡県に多い白髭神社の多くは、高句麗系

日本各地には白鬚神社/白髭神社が多数あるのですが、
その中にはかなりの比率で、新羅系渡来人ではなく、高句麗系渡来人が祀っていたという言い伝えの神社があるようなのです。

それに対して、明確に新羅系渡来人が尊崇していたとする神社は僅少のようで、分が悪いのです。
これをどう考えればよいのでしょうか。

●シラは新羅ではなく、朝鮮半島で広く祀られていた神である。
●シラとは、慣用的に、カラと同じく、朝鮮(人)を意味する言葉であった。
●(前回書いたように)渡来してきた人びとにとって、出身国はあまり問題ではなかった。
●シラヒゲ神社はもとは二系統あった。

などなどの単なる思いつきの理由が考えられますが、
もちろん今わたしはどれに決めることもできません。

知れば知るほど謎は深まります。
次回は少し角度を変えて、祭神サルタヒコその人について考えてみます。


あれこれの謎:白鬚神社その2




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Posted by gadogadojp at 20:30│Comments(2)神社/仏閣
この記事へのコメント
朝鮮半島に新羅国が成立する以前はほぼ同じ領域(朝鮮半島東部)は斯驢(シロ)等と呼ばれたあまたの小勢力が割拠してせめぎ会っていた地域。

ちなみに、日本各地の新羅神社の祭神、新羅大神の素戔嗚尊とその御子神とされる五十猛神共に時代的には新羅国など微塵もない小勢力が割拠するシロの時代のカミ。
(飛鳥時代辺りから大和朝廷は親百済を国是に、新羅とは完全な絶交はしないまでも遠慮する(国書や贈り物を突き返したり、、、)政策を鮮明化。)
この領域が伸長して来た新羅勢力に席巻されて平定統一されて新羅国が成立、朝鮮半島の三国時代の一翼を形成。
やがて高句麗、百済を下して朝鮮半島を統一。

新羅はシラ。ないしはシンラ。現ハングルではシルラ。
(新羅を普通ならシラギとは読めません。一説にはシラギは蔑称だとか。同じく百済をクダラとも読めません。現ハングルではペクチェ。)
借字として白(シラ。)白の別読みシロ、ハク
Posted by たぬき at 2014年06月22日 21:39
たぬきさん、いらっしゃい。
ご教示ありがとうございます。
ただ、一読しただけで、

素戔嗚尊神話の成立時期をそれほど古い時代のものと考えてよいのか。
素戔嗚尊を祭神とする神社たちは、アマテラスを最高神に倭国の社を再編成する中で、国ツ神より上位に素戔嗚尊を導入した(させられた)のではないのか。
素戔嗚尊(実在または神話上)自体が朝鮮半島出自ではないのか。

などなど、たくさんの疑問が湧いてきます。
私の拙文は論文ではなく、たぬきさんのようなご指摘で刺激を受けたいと思い発信しております。これからもよろしく。

なお、
シラギが蔑称の可能性はあるでしょう。それだけに、倭国ではある時期「シラ」を「シラギ」と呼んでいた蓋然性が高まることになります。
Posted by gadogadojpgadogadojp at 2014年06月22日 22:38
 
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