2008年09月28日
Man the Hunted:「ヒトは食べられて進化した」
ヒトは狩っていたのか (Man the Hunter)
狩られていたのか (Man the Hunted)
あなたはどちらに組しますか?

Man the hunter説に立てば、人間の犯した歴史上の虐殺行為や、いまなお各地でおこる争いが、<遺伝子>の仕業/本性のなせる業として説明しやすくなる。
男(だけ)が凶暴な理由もここから説明される。
狩りをしていたのは男たちだったからだ。
引用すると、
『初期人類という肉食動物のもつ世界観は、菜食主義者だった彼らのいとことはまるで異なっていたに違いない。肉に対する欲望にとりつかれた動物は、より広い領域を知りたくさんの動物たちの習性を学んでいくように導かれる。だから。人間の縄張り的習性や心理は、類人猿やサルのそれとは根本的に異なるのである。』シャーウッド・ウォッシュバーン
『あらゆる野獣のなかで人間という野獣が最も悪い。他者に対しても己に対しても最も残虐な敵である。』カルヴァン派の某神父
この考えは、当然のことながら、西欧による植民地政策を正当化する。
「アードレイに従えば、戦争と領土獲得本能、この二つが西欧の人間を偉業に導いたのだった。」
著者は、この説を原罪におののくユダヤ、キリスト教的発想であると同時に、西欧中心主義の考えであるとする。
著者は、数々の証拠や傍証を挙げて、これらの考えを切り捨てる。
「大がかりで組織的な狩猟があったことを示す動かぬ証拠」は6〜8万年前の遺跡から見つかっているに過ぎず、
(武器としての有用性が疑問視されている)最古の武器ですら、ドイツで見つかった40万年前の木製の槍が最も古い。
それに比して、最古のヒト科の化石は700万年前のものが発見されているではないかと。
チンパンジーと共通の先祖から初期ヒト科の先祖が枝分かれしたのはおそらく1000万年前であり、その後、少なく見積もっても960万年の間、ヒトは狩られる側の生物であったはずだと、
いうのだ。
第一、今現在の世界においてさえ、
霊長類は捕食される側の動物である。(ゴリラも!)
都市化の進んでいない地域では、人間さえも美味しいえさとして(主としてネコ科の動物に)供されている。
たとえばガンジス下流のスンダーバンスでは、10年間に612人の人間がトラに食われている…
先日私は映画「ジョーズ」について書いた。
しかしホオジロザメは、人が海に入るという偶然がなければ捕食しないが、
ヒョウはヒトがふつうに生活する場面でこれを捕らえる。
今でも、都市が構築されていない(または環境がそれほど破壊されていない)場所ではその通りであるし、まして10万年〜数万年前までは、人類が居住する全域に、ヒトの天敵が潜んでいたはずだ。
ヒョウだけではない
ライオン、クマ、オオカミ、ハイエナ、ヘビ、トラ、トカゲ、ワシ…
ヒトの先祖を捕食しようと狙いを定めた肉食の鳥獣や爬虫類はたくさんいた。
注意すべき点は、初期ヒト科は、たとえば320万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスのルーシーなら、身長107cm、体重27キロ程度の小柄な(手頃な)被捕食生物であったということだ。(ルーシーは仲間の中でも小柄だったそうだが)
gadogadoは、この「Man the Hunted」説にすっかり魅了されてしまった。
しかしながら、この事実を指摘することだけが、つまり、「Man the Hunted」を証明することだけがこの著作のテーマではない。
狩られる側の人間が、いかにして防衛手段を強化したかのプロセスを追うことで、今日のような(脳が異様に発達した)人間がなぜできたのかをさぐろうとする。
ひと言で言えば、捕食者であったからこそ(脳が)進化した、という論理である。
まず著者は、「共進化」という概念を教えてくれる。
『シカが逃げてオオカミが追う』:シカがつかまらないように進化をすると、オオカミもまたシカを捕らえることができるように進化する、というのだ。(それまでの間、両者には「不均衡」が生ずる。)
(人間は)「大きくて強い捕食者を相手にすることで、脳がより大きく、より複雑になるよう拍車がかかった可能性がある。なぜならば、生き延びるためには、捕食者を出し抜くしか方法がないからだ。」
森にとどまったチンパンジーは、(樹上にいる限り)上空の猛禽類に注意しておれば良かった。
しかし、アフリカ大地溝帯の周縁部の見晴らしの良い地で生きることになった初期ヒト科の生物は、その後、知恵と協力行動を高度に発達させることで絶滅を防いだというのである。
正直な所、こちらのテーマの論証は十分ではなく、今後の研究を乞うご期待、というところ。
しかし、この著作全体のワクワク感を損なうことはない。
粘りついている脳がじんわりと溶け、シナプス細胞が元気になっていく思いがするのは、この著作のわかりやすさと広がりのおかげだった。
「ヒトは食べられて進化した」
ドナ・ハート(Dona Hart)、ロバート・W・サスマン(Robert W.Sussman) 著
伊藤伸子 訳
化学同人刊
(本体価格2200円)
狩られていたのか (Man the Hunted)
あなたはどちらに組しますか?
Man the hunter説に立てば、人間の犯した歴史上の虐殺行為や、いまなお各地でおこる争いが、<遺伝子>の仕業/本性のなせる業として説明しやすくなる。
男(だけ)が凶暴な理由もここから説明される。
狩りをしていたのは男たちだったからだ。
引用すると、
『初期人類という肉食動物のもつ世界観は、菜食主義者だった彼らのいとことはまるで異なっていたに違いない。肉に対する欲望にとりつかれた動物は、より広い領域を知りたくさんの動物たちの習性を学んでいくように導かれる。だから。人間の縄張り的習性や心理は、類人猿やサルのそれとは根本的に異なるのである。』シャーウッド・ウォッシュバーン
『あらゆる野獣のなかで人間という野獣が最も悪い。他者に対しても己に対しても最も残虐な敵である。』カルヴァン派の某神父
この考えは、当然のことながら、西欧による植民地政策を正当化する。
「アードレイに従えば、戦争と領土獲得本能、この二つが西欧の人間を偉業に導いたのだった。」
著者は、この説を原罪におののくユダヤ、キリスト教的発想であると同時に、西欧中心主義の考えであるとする。
著者は、数々の証拠や傍証を挙げて、これらの考えを切り捨てる。
「大がかりで組織的な狩猟があったことを示す動かぬ証拠」は6〜8万年前の遺跡から見つかっているに過ぎず、
(武器としての有用性が疑問視されている)最古の武器ですら、ドイツで見つかった40万年前の木製の槍が最も古い。
それに比して、最古のヒト科の化石は700万年前のものが発見されているではないかと。
チンパンジーと共通の先祖から初期ヒト科の先祖が枝分かれしたのはおそらく1000万年前であり、その後、少なく見積もっても960万年の間、ヒトは狩られる側の生物であったはずだと、
いうのだ。
第一、今現在の世界においてさえ、
霊長類は捕食される側の動物である。(ゴリラも!)
都市化の進んでいない地域では、人間さえも美味しいえさとして(主としてネコ科の動物に)供されている。
たとえばガンジス下流のスンダーバンスでは、10年間に612人の人間がトラに食われている…
先日私は映画「ジョーズ」について書いた。
しかしホオジロザメは、人が海に入るという偶然がなければ捕食しないが、
ヒョウはヒトがふつうに生活する場面でこれを捕らえる。
今でも、都市が構築されていない(または環境がそれほど破壊されていない)場所ではその通りであるし、まして10万年〜数万年前までは、人類が居住する全域に、ヒトの天敵が潜んでいたはずだ。
ヒョウだけではない
ライオン、クマ、オオカミ、ハイエナ、ヘビ、トラ、トカゲ、ワシ…
ヒトの先祖を捕食しようと狙いを定めた肉食の鳥獣や爬虫類はたくさんいた。
注意すべき点は、初期ヒト科は、たとえば320万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスのルーシーなら、身長107cm、体重27キロ程度の小柄な(手頃な)被捕食生物であったということだ。(ルーシーは仲間の中でも小柄だったそうだが)
gadogadoは、この「Man the Hunted」説にすっかり魅了されてしまった。
しかしながら、この事実を指摘することだけが、つまり、「Man the Hunted」を証明することだけがこの著作のテーマではない。
狩られる側の人間が、いかにして防衛手段を強化したかのプロセスを追うことで、今日のような(脳が異様に発達した)人間がなぜできたのかをさぐろうとする。
ひと言で言えば、捕食者であったからこそ(脳が)進化した、という論理である。
まず著者は、「共進化」という概念を教えてくれる。
『シカが逃げてオオカミが追う』:シカがつかまらないように進化をすると、オオカミもまたシカを捕らえることができるように進化する、というのだ。(それまでの間、両者には「不均衡」が生ずる。)
(人間は)「大きくて強い捕食者を相手にすることで、脳がより大きく、より複雑になるよう拍車がかかった可能性がある。なぜならば、生き延びるためには、捕食者を出し抜くしか方法がないからだ。」
森にとどまったチンパンジーは、(樹上にいる限り)上空の猛禽類に注意しておれば良かった。
しかし、アフリカ大地溝帯の周縁部の見晴らしの良い地で生きることになった初期ヒト科の生物は、その後、知恵と協力行動を高度に発達させることで絶滅を防いだというのである。
正直な所、こちらのテーマの論証は十分ではなく、今後の研究を乞うご期待、というところ。
しかし、この著作全体のワクワク感を損なうことはない。
粘りついている脳がじんわりと溶け、シナプス細胞が元気になっていく思いがするのは、この著作のわかりやすさと広がりのおかげだった。
「ヒトは食べられて進化した」
ドナ・ハート(Dona Hart)、ロバート・W・サスマン(Robert W.Sussman) 著
伊藤伸子 訳
化学同人刊
(本体価格2200円)
Posted by gadogadojp at 20:00│Comments(0)
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