2011年01月01日
辺野古:夢のヘルメットで武装せよ〜赤面
「夢」をどう定義しようとそいつの勝手だが、
「夢」を自分だけのちっぽけな未来に使うことを私は認めない。
「夢」という語彙は私の内蔵辞書にはない。
夢 は睡眠中のイルージョンに過ぎないだろう。
夢 は幻想だから夢なのであって、
夢 が実現すればそれは不安と恐怖の世界に生きることにほかならない。
えたいの知れない怪物の跋扈する、
大切な人がどんどん死ぬ、
欲しいものが遠ざかる、
海で溺れる、
透明な歯車が空中を回る、
焼夷弾が夜空を光らせて落ちる、
兵士が真っ赤な血しぶきに染まる、
…
そんな世界に住みたいやつはいないだろう。
初夢ジャンボ宝くじじゃあるまいし、
富士や鷹や茄子がそうそう登場するかね?
おまけに世界でいちばん恥ずかしい言葉だ、この「夢」は。
それはちょうど「愛」の1.3倍。
けれど、どうしても恥をしのんで「この世の夢」を語らねばならないなら、
わたしは、
わたしのことなどどうでもよいから、
地球の森や動物のこともさておいていいから、
まずにんげんを語りたい。
軍備と戦争と差別と貧困と不平等と不自由の無い世界を語りたい。
そんな世界を「夢」見て一歩ずつ近づこうとするにんげんたちの決意について語りたい。
2010年の年末に、
普天間→嘉手納→辺野古の周囲をぐるりとまわったのだが、
ギトギト鉄条網が光る鉄柵をぜんぶなぎたおしたんだ。
「夢」の中でね。
それがわたしの「夢」への出発なのさ。
「風のヘルメットで武装せよ」
とは、今は懐かしい松下昇氏のアジテーションだが、
改訂版をここで作ろう。
「『夢』のヘルメットで武装せよ」と。
…………
ほおら、恥ずかしいじゃないか。
人類の禁忌語にしないか。
辺野古海岸の監視カメラ その日手を振ったのはgadogadoだよ、マリーン
Posted by gadogadojp at 00:00│Comments(0)
│評論・エッセイ
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